東京地方裁判所 平成2年(ワ)13230号 判決 1991年10月30日
原告 大富物産株式会社
右代表者代表取締役 大富鎮雄
右訴訟代理人弁護士 沼田安弘
右訴訟復代理人弁護士 宮之原陽一
被告 峰村辰夫
右訴訟代理人弁護士 本渡章
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 請求原因1、2の事実、同3のうち、被告が本件建物に三階部分を増築(以下「本件増築」という。)したこと、同4のうち、原告が被告に対し平成二年三月二七日到達の内容証明郵便をもって無断増改築禁止の特約違反を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、右解除の効力の有無について検討する。
1 成立に争いのない甲第一、第三号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は昭和二三年一一月本件建物(二階建)を購入し本件土地の賃借人の地位を承継したこと、被告は、隣家の借地人が三階部分を増設したこともあって、昭和五四年四月頃、子供の勉強部屋にするため本件増築をしたこと、その後、借地契約の更新時期を迎え、被告は、昭和五五年一二月、貸主の篠塚仲子との間で、更新料を支払って本件賃貸借契約を締結したこと、が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、被告の本件増築行為は本件賃貸借契約の締結前の出来事であるところ、本件のように、土地の賃貸借契約が期間の満了に際し、当事者の合意によって更新され、新たな賃貸借契約が締結された以上、特段の事情のない限り、旧契約期間中の違反行為(ちなみに、本件においては、更新前の契約に無断増改築禁止の特約があったかどうか必ずしも定かでない。)をとらえて更新後の契約の債務不履行ということはできないというべきであって、被告の本件増築行為は本件賃貸借契約の解除原因とはなりえないと解するのが相当である。
2 仮に本件増築行為が本件賃貸借契約の解除原因となりうると解するとしても、本件においては、次に述べるとおり、原告の本件無催告解除はその効力を生じないものというべきである。
まず、被告は、本件増築に際し貸主篠塚仲子の代理人である川島辰五郎の承諾を得た旨主張するが、被告本人尋問の結果によっても、このことを的確に認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。しかしながら、成立に争いのない≪証拠≫及び弁論の全趣旨によれば、既に本件増築が行われてから一〇年以上を経過しており、その間、本件賃貸借に関し当事者間には何らの紛争もなかったこと、殊に、原告が本件賃貸借契約を引き継いだ昭和五八年から本件解除まで、六年余もの間、特段の問題もなく賃貸借関係が円満に継続されてきたこと、本件増築部分は比較的簡易な作りのものであり、本体の建物自体に特段の手を加えたものではなく、建物全体の耐用年数が特に延長されたとは窺われないことが認められる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。このように、前記1で認定した事実に加え、本件増築がその規模、程度等からみて賃貸人に特段の不利益を及ぼすものでなく、また、増築後既に一〇年余が経過していることなどを合わせ考えると、被告が貸主の承諾を得ることなく本件増築を行ったとの一事をもってしては、未だ賃貸借契約における信頼関係を破壊したものということはできず、したがって、原告の無断増改築禁止の特約違反を理由とする本件無催告解除は、その効力を生じないものというべきである。
3 以上のとおりであって、原告の本件解除はその効力を有しないから、右解除を前提に本件賃貸借契約の終了をいう原告の主張は失当というほかない。
三 よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却
(裁判官 佐藤久夫)